日本人の働き方に違和感を覚え、起業の道へ!社長が考える人生の転換点とは?

広島に急成長中のスタートアップがある。
日本で初めて高級バッグに特化したサブスクリプションサービスを開始した「LUXUS Technologies(ラグナス・テクノロジーズ)」だ。
事業内容もユニークだが、週休3日制や朝昼晩の食事が無料など、職場環境もユニークだ。
起業のきっかけは何だったのでしょうか。
栄養ドリンク「リゲイン」のCMのキャッチフレーズが「24時間戦えますか」だったんです。
このCMは1988年から1992年までテレビで放映されました。
バブルの絶頂期と重なる。
中高生の多感な時期にあった児玉は、このCMを見て単純に違和感を覚えた。
1970年代の高度成長期、日本のサラリーマンは海外で「エコノミックアニマル」と呼ばれ、80年代に入っても長時間労働に没頭していた。
家庭を捨てて単身赴任することも当たり前のようにあった。
今でいうブラック企業が日本中に蔓延していたのである。
児玉は、すでに社会人になっていた先輩に尋ねた。
「普通のサラリーマンになると、プライベートはなくなるんですか?」
ワーク・ライフ・バランスという言葉もない時代である。
困惑した顔で先輩は言った。
「有給休暇は期待するな。」
児玉は、自分が普通のサラリーマンになる未来が想像できなかった。
サラリーマンになりたくないなら、自分で商売をするしかない。
名門予備校の広島大学附属高校では、完全に場違いな存在であった。
同級生に起業家を目指す者はいなかった。
サラリーマンにはなりたくなかったが、1人だけ例外がいた。彼は、地方公務員であった。
14歳の時、母親が肺がんで亡くなり、家庭環境は一変した。
彼自身は中学生になったが、妹はまだ小学6年生である。父親が1人で育てなければならなくなった。
ここで、父親の状況は一転した。
市役所職員から広島市安佐北区の区役所職員に転職したのである。
区内を移動するだけで仕事と子育ての両立ができると考えたのだろう。
今でも、当時の父親の姿は鮮明に脳裏に焼き付いている。例えば、父親は昼になると帰宅して夕食を作る。
地方公務員だから残業もなく、僻地への転勤もない。父のように自由になるには、地方公務員になるか、自分でビジネスを始めるしかないと思うようになったのです」。
いい仕事をするためには、心身ともに健康であることが大切です。
それは間違いない。
また、過労のレベルから人々を救うことができるのは素晴らしいことです。
しかし、このような流れが、楽をすることばかり考えて、自分の能力を高めようとせず、お金が欲しい、権利を主張する人を増やしているのも事実です。
日本は衰退していくしかないと思っています。
今日は以上です。